Abusan’s Journey

Photography, Drive, Journey, Camera, Audio, IM@S by abusan3225(あぶさん)

NICEHCK Himalaya レビュー「次に期待したいイヤホン」

おはこんばんちは、あぶさんです。
今回は中華ケーブルやイヤホンでお馴染みのブランド「NICEHCK」が出したオーバー300ドルクラスのフラッグシップIEM「Himalaya」をレビューしたいと思います。

NICEHCKは安価なケーブルやイヤホンで定評のあるブランドです。いろいろな意味で怪しさが付きまとっていますが、価格を考えれば十分に良いものを作り出すことができています。
そんなNICEHCKがオーバー300ドルクラスでイヤホンを出すと聞いた時は興味半分・不安半分という気持ちでした。この価格帯は本当の良さはもちろんのこと、ブランドとしての信頼も大事な要素となります。その結果がどのようなものなのか、じっくりとレビューをしていきましょう。

外観・特徴

流石に300ドルを超える価格だけあってパッケージの見た目にも豪華さが感じられました。この点は好印象です。いくら音が良かったとしても3000円のイヤホンと同じパッケージでは誰も買いません。

しかし、パッケージの中身については2つほど問題点があります。

1つ目は固定の甘さです。内部のスポンジからパーツが外れてコロコロという音を立てていました。外れていたものは3.5mmの交換プラグです。
パッケージの構造としてはケースやイヤーピース、交換プラグを嵌め込んだ箱に、イヤホンが嵌め込まれている蓋の役割をしているパーツを被せているのですが、ケース・イヤーピース・プラグの高さには差があるためプラグがしっかりと固定されていません。蓋の役割をするパーツの裏に、プラグを固定するための追加のスポンジが必要でしょう。

2つ目はイヤホン本体とケーブルが分かれて梱包されていることです。2pin端子内部が汚れてしまうことを防ぐためにもケーブルはイヤホン本体に装着された状態であるべきです。実際、2pin端子内部が汚れていたために音質を劣化させてしまっていたイヤホンの事例があります。
また、300ドルの金額を支払ったユーザーに対してケーブルを装着させるという手間をかけさせないでもらいたいものです。重箱の隅をつついて嫌なやつだなと思われるかもしれませんが、ホスピタリティとしてパッケージを開けてそのまま使えるようにしておくのは非常に大事なことでしょう。 ちなみに、1万円代前半で購入できるNICEHCK NX7 MK4はケーブルが装着された状態で梱包されています。

イヤホン本体はチタン合金をCNCで加工することで製造されています。過度な装飾を抑えたマットな質感は十分に高級感があり、300ドルという価格に対して説得力があります。

イヤホンのサイズを比較してみました。左からHimalaya、Hype 2、Ouranos、NX7MK4です。
サイズは少し大きく、ノズルが短いことが特徴でしょうか。ノズルの太さはそれほどではありませんが、長さが装着感に影響を与えています。

付属品はケース、ケーブル(NICEHCK BlueLuna)、イヤーピース(ケース含む)、交換プラグ(3.5mm, 4.4mm, 2.5mm)、交換ノズル、各種ドキュメントです。
この価格帯としては標準的な付属品でしょう。

イヤーピースは2種類あり、NICEHCK 07とNICEHCK 08が付属します。
NICEHCK 07は黄・白・青・黒・赤の5サイズ展開のはずなのですが、なぜか青を除いた4サイズしか付属していません。イヤーピースケースの容量的な問題でしょうか。
イヤーピースの品質には特に問題なく、装着感や音質は優れたものだと思います。

ケーブルはNICEHCK BlueLunaが付属します。これは後に単体でも販売されています。
線材は銀メッキを施したOFC(無酸素銅)です。プラグを交換することができ、不用意に外れないように固定することができます。

Himalayaの定価は329ドル、日本円では49,800円(eイヤホンの定価)ということになっています。
しかし、頻繁にセールを行うNICEHCKでは定価はあってないようなものでしょう。セール時には4万円代前半になることが多く、一度だけですが3万円代まで下がったこともあります。

音質の評価条件について

クリックで展開

エージング(慣らし)について

100時間以上のエージングを終わらせた状態の個体を使用しています。
エージングには手持ちのFLAC音源とSpotifyで作成した音質評価用プレイリストを使用しています。

付属品について

ケーブル、イヤーピースはどちらも付属品です。HimalayaにはNICEHCK 07とNICEHCK 08の2種類のイヤーピースが付属していますが、軸の内径がノズルとほぼ同じとなるNICEHCK 08を使用しています。
Himalayaには音質を変えることができる3種類の交換用ノズル(ブルー、ゴールド、ブラック)が付属します。
出荷時にはスタンダードとなるゴールドのノズルが装着されています。特に断りのない場合はゴールドを装着した状態での評価です。

評価で使用する言葉について

音質評価に使用する言葉は、基本的にITU-R BS.2399-0に準じたものを使用するようにしています。
ITU-R BS.2399-0については以下のPDFにて詳細を閲覧可能です。

R-REP-BS.2399-2017-PDF-E.pdf
https://www.itu.int/dms_pub/itu-r/opb/rep/R-REP-BS.2399-2017-PDF-E.pdf

評価に使用する音源について

音質評価に使用する音源は、手持ちのCDから取り込んだFLAC音源とSpotifyで作成した音質評価用プレイリストです。Spotifyのプレイリストは公開していますので店頭での試聴の際などでも使用できます。

音質評価用プレイリスト内の楽曲については以下の記事で解説しています。
abusan3225.jp

評価に使用する再生機器について

以下の条件でNICEHCK Himalayaのレビューを行っています。

機種名(※1) ゲイン 音量(Gold)(※2) 音量(Blue)(※2) 音量(Black)(※2) フィルター 備考
HiBy R6 Pro Ⅱ(R6P2) Low 30 30 28 Low Dispersion Delay Filter ABアンプ
HiBy FC6(FC6)(※3) --- 9 9 8 Darwin Ultra NOSモード
HDRオフ

※1. 括弧内は記事中で使用する略称です。
※2. 音量の調整にはSpotifyで配信されている WONDER POP by Moe Shop を使用しています。音量の均一化を有効化し、音量レベルを低音量にした状態で、私が普段の音楽鑑賞で使用する音量設定に合わせた場合の値です。
※3. FC6のmotorola g52j 5GにDDHiFi TC09Sを用いて接続し、スマホ側の音量設定を100%に設定しています。

客観的な評価をするように努めていますが、あくまでも私個人の経験を共有するものです。聴覚には個人差や好みによる違いがありますので、購入の際には可能な限り実際に試聴されることをおすすめします。

音質

300ドルオーバー、日本円にして5万円弱の価格帯ともなれば、ハイエンドに片足を突っ込んでいると言っても過言ではないクラスです。
振動板の材質やらBAドライバーのメーカーなど、どこを見てもハイレベルな物を使うことはもちろんのこと、総合的な完成度を高いレベルで要求されます。
支払う価格に従ってユーザーの目も厳しくなります。低価格帯では様々な誤魔化しが通用しますが、300ドルクラスでは本当の良さと個性が求められます。
ハイエンドとの明確な差はありながらも、真実の追求を当たり前のものとしながら夢という名の理想をコストも加味しながら実現することでハイエンドの入口としてオーディオファイルを出迎える。それがこの価格帯に求められるサウンドというものでしょう。
では、NICEHCKはHimalayaのサウンドチューニングにおいて300ドルオーバークラスに相応しい結果を出せたのでしょうか。

良い点

  • 強いU-Shapeで整えられた楽しいバランス
  • ラウドネスを感じさせるサウンド
  • レスポンスの良いスピード感のある音
  • 明瞭でスッキリとした高音
  • 癖のない中音
  • 強さのある低音
  • スマホや低価格のDACドングルでも十分な鳴らしやすさ

良くない点

  • 擦れた、または掠れた音
  • 軽く感じられる低音
  • ブランドの信頼を毀損する行為
  • 金属筐体の重量と短いノズルによる装着感の悪化

強いU-Shapeで大きなラウドネスを感じさせる特徴的なサウンド

HimalayaはV-Shapeとまではいかないものの、強いU-Shapeの周波数帯域バランスを感じさせ、全体的に素早いレスポンスと大きなラウドネスが特徴的です。レスポンスとラウドネスはHimalayaのサウンドで大きな個性となっていますが、好みが分かれる部分でもあります。
今までのNICEHCKフラッグシップと言えばTopguyとLoftyでした。Topguyは明瞭度の高いスッキリとした音、Loftyは明瞭度は高くないものの癖のない自然なサウンドが特徴でした。
HimalayaはTopguyよりもLoftyに近い印象を受けます。THIEAUDIO Hype 2のような高い明瞭度こそ感じないものの、統一感を重視しながらクリーンでディティールにも優れています。

Himalayaのサウンドは完璧ではなく、時折明るすぎると感じる高音、ブーミーさが滲み出てしまう低音、奥行きや左右の幅の狭さなど、いくつか気になるところもあります。
個人的な好みを言えば、もう少し音場が広く、高音と低音を僅かに抑えたいところですが、

ノズル交換はバランスを崩す

標準では金色のノズルが装着されています。他にブルーとグレーのノズルが付属しており、ブルーは低音重視、グレーは高音重視とされています。 NICEHCK NX7 MK4でもノズル交換が可能でしたが、あちらはフィルターの形状で音質を変えていました。Himalayaではノズルの内径によって音質を変えるようになっています。
交換してみると、確かにNICEHCKが主張する通りに高音と低音のバランスに変化が生まれることで音の明るさが変わります。ただし、その変化は好ましいものではありませんでした。ブルーのノズルは高音を過剰に抑えながら妙なピークを生むため不自然なサウンドに感じられ、グレーのノズルは高音が過度に明るくなってしまい脳内定位の強い空間表現も相まって頭が痛くなりました。
個人的な好みの話ですが、ノズル内に不要な段差が生まれてしまうことによる音質の劣化が気になってしまいます。Himalayaは段差を極力少なくするように配慮されているものの、内径を変えるのならノズルではなくイヤーピースで音質変化を狙ったほうが良いと思いました。
不意に緩んでしまいノズルが外れて失くしてしまうことも考えられますし、ノズル交換は不要なギミックだと私は考えます。

鳴らしやすいが扱いにくい印象も

インピーダンスは22Ω、感度は110dB/mWというカタログスペック通りに音量は取りやすく、スマホのイヤホンジャックでも全く問題ありません。
Himalayaをベストなバランスで聞きたいのならエントリーからミドルクラスのDACドングルを使用するとよいでしょう。ハイパワーを売りにしているハイエンド帯のDAPやポータブルアンプなど、低インピーダンスで出力特性に難がある再生機器と接続した場合はHimalayaのバランスが大きく崩れてしまうことがあります。高音や低音が強すぎると感じたなら再生機器のグレードを落としてみると良いかもしれません。

明瞭でスッキリとした高音

Himalayaの高音は明瞭でスッキリとしていますが、イヤーピースの選択や聴覚の個人差、また再生機器の性能によって大きく変化し、強すぎる・明るすぎると感じてしまうこともあります。
基本的にはニュートラルで適度な強さではありますが、金属筐体の特性が強く出るピアノや鉄琴などの音で明るすぎると感じるようであれば、ノズルをブルーに交換する、またはイヤーピースを付属の青いものに変えると改善するでしょう。
チープなサウンドというわけではないのですが、稀にザラザラとした擦過音や粗い掠れた音を感じることがありました。周波数特性グラフで鋭く立ち上がっている8kHz付近が影響しているようです。

open.spotify.com EDMやトランスなど、電子音楽で多用される矩形波など、刺激の強い高音を鳴らし切れるのはHimalayaの強みです。ただし、聴覚の個人差によって不快な刺激を感じることがあります。

癖のない統一感とリッチさを感じさせる中音

中音はラウドネスを大きく感じさせるように厚みがあり、高音と比べると癖は少なめで好印象です。目立った粗は見せず、1DDらしい統一感とリッチなサウンドを楽しめるでしょう。
Himalayaはやや狭い音場を持ちながらラウドネスの大きい音を鳴らすため窮屈な印象を感じやすくなります。中音域が狭く、脳内定位を強く感じるのなら内径の大きなイヤーピースを試してみると改善するかもしれません。

open.spotify.com Himalayaは距離感の近さという弱点がありますが、弦楽器のソロでは実在感の高さが際立ち、良い方向に感じられます。

女性ボーカルが伸び切らないボーカル

ボーカルは中音同様に癖は少なく、ほとんどの楽曲で良いボーカルを楽しむことが出来ますが、女性ボーカルの倍音か過度に抑えられているためか、あと一歩のところで伸び切らない印象が否めません。
美しいバラード曲、クラシックや教会音楽のコーラスなど、伸びが必要な場面で不自然に伸びない領域があります。これは周波数特性グラフで大きく落ち込んでいる6~7kHz付近が影響していると考えられます。
8kHz付近は、いわゆるサ行の刺さりを防ぐために抑えたチューニングを行うことが一般的ですが、Himalayaは8kHzを抑えずに6~7kHzを抑えています。特段サ行の刺さりは感じないのですが、このチューニングはあまり良い結果を生んでいるとは思えません。女性ボーカルの伸びに悪い影響を生み出し不自然な印象を与えています。高音で感じられた擦過音や掠れた音も原因は同じでしょう。

open.spotify.com 総じて質の良さを感じさせるボーカルですが、女性ボーカルが伸び切らないという問題は、一部の楽曲で顕著に感じられます。
メロディや歌詞の盛り上がりに合わせて歌手の声の張りや喉の開き具合が見事に変化し、心に染み入るように聞かせる素晴らしいバラード曲です。Himalayaのボーカルは素晴らしく、この楽曲も素晴らしいサウンドで聞かせてくれるかと思っていたのですが、聞き込んでいくほどに不自然さが目立ちました。
歌声自体には大きな問題はなく、鼻声のようにもなっていないものの、どこか伸びが抑えられていて伸び切らないのです。この現象はゆったりとしたバラード曲であればあるほど目立ちました。

強さはあるが深みが足りない低音

低音は1DDらしい強さが印象的です。
明瞭でスッキリとした高音とは適度な明るさと暗さを演出している点は好印象ですが、少しブーミー過ぎるのか、中音域に滲み出るような過剰な響きも感じられ、強さがあるにも関わらず妙な軽さを感じます。
60Hz付近の高いサブベースは十分に出ているようですが、さらに下の領域で十分な深さと強さと響きを得られていません。これは残念なことです。

open.spotify.com この楽曲に入っている低音は深さと響きのバランスを要求します。低音の音質が優れていなければ少し聞いただけですぐにわかります。
店頭での試聴など、周囲の騒音が大きな環境では問題なく聞こえるかもしれませんが、静かな自室などで聞くとHimalayaの低音に関する問題がはっきりと聞こえます。ミッドベースには確かな強さと響きがあるものの、サブベースの減衰が強すぎるため深みが足りず重低音を鳴らせていません。

総評「300ドルオーバークラスで戦うには厳しいだろう」

初めての300ドルオーバークラスとしてNICEHCKが投入したコストは決して小さなものではなかったと思います。Himalayaには音質を良くするための様々な要素が盛り込まれ、良い結果を生み出している部分は多々あります。
ただ、300ドルの壁を突破するには不足しているものが多いと感じました。
Himalayaは悪い製品というわけではありません。聞き始めた時の印象は良い方向でしたが、長期間に渡って使い続けることで細かい部分まで聞き込んでいくと、無視できないレベルの粗が見えてしまうようになり、良いところを塗りつぶすように良くないところが目につくようになりました。
一言で表現するのなら「詰めの甘い音」でしょうか。低価格帯であれば許されていたことが許されなくなるのが300ドルの壁だと思います。
確かに流行りのサウンドではありませんが、それを抜きに考えても絶賛することは難しい音質です。
個性的なサウンドで好みが分かれてしまうのは仕方がないことですし、むしろ喜ばしいことだと思います。しかし、好みだから仕方がないとするにも限度があります。 詰めの甘さで自ら評価を下げてしまっては個性も台無しになってしまうでしょう。

Himalayaはレスポンスとラウドネスを求めたいジャンルでは良い仕事をするでしょう。例えばメタルやロックなどが挙げられます。
優れたバランス、個々の音の質、空間表現を重視するジャンルには全くと言っていいほど合いません。バラード、ジャズ、クラシック、EDM、トランスなどなど、ジャンルを挙げればキリがありませんが、とにもかくにも人を選びやすいサウンドです。

これからオーバー300ドルクラスで戦っていくのならNICEHCKに提案したいことが2つあります。

まず、オーバー300ドルクラスではノズル交換ギミックを廃止するべきです。手軽に変化を感じられることは「面白さ」に繋がりますが、良い結果をもたらすものではなく、このクラスでは求められていない機能です。もしNICEHCKがこのクラスで戦い続けたいのであればノズル交換はオミットすべきです。
Himalayaに付属するノズルは3種類ありますが、「面白い」変化を生み出すことはできますが「良い」変化を生み出しているとは思えません。高音重視のブラックは頭が痛くなり、低音重視のブルーは過度に暗く、かといって標準のゴールドは詰めの甘さを感じます。もっと本質的な良さを感じられる隅々まで行き届いたサウンドを目指して欲しいところです。

もう一つは、定価を安易に崩さないことでしょう。NICEHCKは安価なケーブルやイヤホンでは定評がありますが、高い価格帯で勝負できるブランド力を持っていません。
セールを頻繁に行い、定価が迷子になっている状態では製品の価値がボヤケてしまいます。少なくとも発売してから1年間は割引をせずに販売するべきではないでしょうか。
確かに安くなることはユーザーにとって嬉しいことですが、安っぽいというイメージからは抜け出せず、結局のところはセール時の価格が本当の価値なんだなと思われてしまってはブランド力は育ちません。

チタン合金シェルにCNTを採用した1DD構成。内部には配線ではなくPCB基板を使用するなど、ポテンシャルは十分に高いと考えられます。
NICEHCKには今回の反省を踏まえて次に活かしてほしいのですが、どうなることやら…