おはこんばんちは、あぶさんです。
今回レビューするイヤホンは、前回レビューした KZ Castor の上位機種となる Vader の Balanced version となります。
ベースとなった Castor の音質は褒められるレベルではありませんでしたが、上位機種としてドライバーを増やした Vader は Castor の酷評を覆すことができるのでしょうか。

- KZ Vader Balanced versionの概要
- 音質の評価条件について
- 音質
- 詳細分析
- 大言壮語な謳い文句
- 高音
- 中音
- ボーカル
- 低音
- LANYARD LOOP - ALLAN HOLDSWORTH (Spotity, 96kHz/24bit のハイレゾ音源)
- 白線 - 葛城リーリヤ (44.1kHz/16bit のロスレス音源)
- Widor: Organ Symphony No. 6 in G Minor, Op. 42, No. 2: Organ Symphony No. 6 in G Minor, Op. 42, No. 2: I. Allegro - Jan Kraybill (176.4kHz/24bitのハイレゾ音源)
- Just A Little Lovin' - Shelby Lynne (44.1kHz/16bit ロスレス音源)
- Slow Orbit - Yaya3 (44.1kHz/16bit CD音源)
- Heart of Fire - Innerpartysystem (44.1kHz/16bit CD音源)
- To the Hellfire ‑ Lorna Shore (Spotify)
- スイッチによる変化
- 詳細分析
- 総評「Castor から改善はしたが、良い音には程遠い音質」
KZ Vader Balanced versionの概要
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3DD + スイッチの構成
KZ Vader は国内 Amazon にて5000~6000円で購入可能なイヤホンです。その構成は、Castor の上位機種であることを示すようにダイナミックドライバーを3つ組み合わせた3DDです。Castor はダイナミックドライバーが2つ入っている2DDというドライバー構成でしたが、Vader はDDを1つ増やすことで価格の上昇と上位機種という位置づけに説得力を持たせようとしています。
ダイナミックドライバーは1つで低音から高音まで幅広くカバーすることが可能ですが、2つ以上のダイナミックドライバーを入れることで音質の向上を図るのがマルチDDという構成です。DDのマルチ化は特定の周波数帯域を得意としやすいBAに比べてメリットが少なく、特に3DDとなると採用している製品は限られます。個人的な見解としては、Castor や Vader におけるマルチDDの採用は、音質を追求するためというよりも宣伝効果という意味合いが強いように思えます。

Vader にも Castor と同じく周波数応答を変えるためのスイッチがあります。スイッチの仕様は Castor と同じであり、共通の部品を使用しているようです。
スイッチは周波数応答を手軽に切り替えられるというメリットがありますが、信号伝送経路に不要な回路が入ることによる音質劣化や、スイッチで発生させることができる変化には限界があることなど、個人的にはデメリットが大きい機構だと認識しています。私個人の経験として、スイッチによる変化は帯に短し襷に長しなことが多く、チューニング不足を誤魔化すための機構なのではと思います。
デジタルEQを使用すれば周波数応答だけでなく様々なチューニングが可能ですし、そもそもスイッチで切り替える前に、もっと良いと思える製品を探したほうが満足度が高いでしょう。
Vader の2つのバリエーション
Castor に Harman Target Version と Harman Target with Improved Bass Version があったように、Vader にも2つのバリエーションがあります。
KZ の公式サイトによりますと以下の2バージョンが用意されています。
- グロス:Balanced Version
- マット:High-Resolution Verison
Castor は銀と黒というカラーバリエーションで違いを識別できましたが、Vader は表面仕上げの違いによってバリエーションを識別します。光沢のある黒が Balanced Version であり、マットな黒が High-Resolution Verison です。
今回のレビューでは Balanced Version のみを取り扱います。
Vader のパッケージ
安価な中華ブランド製品にありがちな質素で安っぽさが漂うパッケージであり、Castor とほぼ同じものです。
Vader の本体

Castor と同様にプラスチックのハウジングに金属製のフェイスプレートという低価格イヤホンではオーソドックスな構成です。
ハウジングには先に説明したスイッチがついています。「ON」という文字がある方向にスイッチを切り替えることで対応する周波数帯域が増加するというわけです。スイッチは Castor と同様に左右で上下逆に取り付けられています。切り替える際に左右で逆に動かさなければいけないため不便なのですが、KZというメーカーはまともではないので考えるだけ無駄です。
Vader のケーブル

Castor と同じケーブルかと思いきや、銀メッキ線が付属していました。銀メッキ線はChi-Fi IEMユーザーからの受けが良いためか、1000円前後のケーブルであっても銀メッキを謳う製品が多く見受けられます。表皮効果で高音の伝達が良くなるとの触れ込みです。
実際は質のよくない銀メッキ線が多く、高音が出ているというよりも高音が荒れているという印象が目立ちます。オーディオにおける表皮効果というものは、ただ生み出せばよいというものではないのです。そもそも、メインの伝送経路となる潜在の質が良いのであれば表皮効果は邪魔でしかありません。多くのスタジオでスタンダードとして使用されている BELDEN 88760 は銀メッキされていますか?
その他付属品

他にはスイッチを切り替えるためのピンやイヤーピース、説明書が付属します。
KZ公式サイトの画像ではフォームタイプのイヤーピースが装着されていますが、実際に付属するのは黒いシリコンのイヤーピースです。形状は Castor と同じであり、3サイズしか用意されていないことを除けば特に問題のないイヤーピースです。
Vader の価格
2025年9月時点では国内 Amazon にて取り扱いがあり、価格は5000~6000円です。レビューでも国内Amazonでの価格を基準とします。AliExpress などでは2000円強の価格で販売されていることもあります。KZに1円でも多く払いたくないという人におすすめです。
Amazon.co.jp: LINSOUL KZ Vader)
音質の評価条件について
エージング(慣らし)について
100時間以上のエージングを終わらせた状態の個体を使用しています。
エージングには手持ちのFLAC音源とSpotifyで作成した音質評価用プレイリストを使用しています。
スイッチについて
原則として全てOFFの状態(抵抗が最も大きくなる状態)を基準とします。これは、KZが公式サイトの周波数応答グラフにて全てOFFの状態を Basic と呼称しているためです。
それ以外の状態に切り替えた場合は、その旨を明示します。
付属品について
ケーブル、イヤーピースはどちらも付属品を使用します。イヤーピースの交換やケーブルの取り換え(リケーブル)を行った場合は、その旨を明示します。
評価で使用する言葉について
音質評価に使用する言葉は ITU-R から発行された Report ITU-R BS.2399-0 に準じた単語・表現を使用するようにしています。 Report ITU-R BS.2399-0 の言葉と必ずしも一致するとは限りませんが、言葉で伝えるという手段を選択している以上、わかりやすい表現を使用して齟齬なく伝えようとする努力を行っています。
ITU-R BS.2399-0 については以下のPDFにて詳細を閲覧可能です。
R-REP-BS.2399-2017-PDF-E.pdf
https://www.itu.int/dms_pub/itu-r/opb/rep/R-REP-BS.2399-2017-PDF-E.pdf
評価に使用する音源について
音質評価に使用する音源は、手持ちのCDから取り込んだFLAC音源とSpotifyで作成した音質評価用プレイリストです。Spotifyのプレイリストは公開していますので店頭での試聴の際などでも使用できます。
音質評価用プレイリスト内の楽曲については以下の記事で解説しています。
abusan3225.jp
評価に使用する再生機器について
KZ Vader Balanced version のレビューでは以下の機器を使用しています。
| 機種名 | ゲイン | 音量 ※1 | フィルター | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| SONY NW-ZX707 | Low | 51 | --- | Powerampを使用 ソースダイレクトON |
| HiBy R6 Pro Ⅱ | Low | 40 | Low Dispersion Delay Filter | ABアンプ |
| HiBY FC6 ※2 | --- | 13 | Darwin Ultra | NOSモード HDRオフ |
| SteelSeries GameDAC Gen2 | Low | -30 | --- | |
| LG V60 ThinQ 5G | --- | 15 | クリーン |
※1. 音量の調整にはSpotifyで配信されている WONDER POP by Moe Shop を使用しています。音量の均一化を有効化し、音量レベルを低音量にした状態で、私が普段の音楽鑑賞で使用する音量設定に合わせた場合の値です。イヤホンのスイッチについては全てOFFの状態です。
※2. FC6はmotorola eddge 50 ProにDDHiFi TC09Sを用いて接続し、スマホ側の音量設定を100%に設定しています。
上記に加え、機器間のインピーダンスによる音質変化を吸収するためのバッファーアンプとして Umbrella Company HP-ADAPTER を使用しています。
客観的な評価をするように努めていますが、あくまでも私個人の経験を共有するものです。聴覚には個人差や好みによる違いがありますので、購入の際には可能な限り実際に試聴されることをおすすめします。
音質
※特に記載のない限り、スイッチを全てOFF(0000)にした状態のレビューとなります。これは、KZが公式サイトの周波数応答グラフにて全てOFFの状態を Basic と呼称しているためです。
Vader Balanced Version は、その名の通りにバランスの良いサウンドを実現していると KZ は主張しています。周波数応答グラフでは中音の凹みと高音と低音の強化が示されており、U-Shape と V-Shape の中間であり、これは概ね正しいと感じました。しかし、楽曲によっては中高音寄りの U-Shape だと感じられることもありました。その理由としては、ミッドベースに比べてサブベースの量感が足りていないことが挙げられます。サブベースの欠如は低音を軽く感じさせてしまうことがあり、海外のポップスなどで深いサブベースを入れている楽曲を Vader で聞いた場合、中高音寄りの U-Shape だと感じることがあります。
Whizzer Kylin HE10 や THIEAUDIO Hype 2 などの等ラウドネス曲線に沿ったフラット傾向のイヤホンと比較すると、バランス型というよりも Hi-Fi な印象を強く受けました。Balance version というよりは、Hi-Fi version のほうが実態に即していると言えます。とは言え Castor から大幅な進歩を遂げたことは間違いありません。決して小さくはない差額ですが、どちらを買うべきかとなると間違いなく Vader でしょう。
詳細分析
大言壮語な謳い文句
KZ公式サイトにおける Vader Balanced Version の商品説明には以下のような文章があります。
The three-frequency balanced tuning offers a wide appeal. Whether it's the vibrant energy of pop music, the solemn elegance of classical music, or the warm texture of vocals, all can be effortlessly handled, providing you with an immersive listening experience.
3周波数バランスチューニングは幅広い魅力を提供します。ポップミュージックの躍動感あふれるエネルギー、クラシック音楽の荘厳な優雅さ、ボーカルの温かみのある質感など、あらゆる音を自在に操り、没入感のあるリスニング体験を提供します。
この文章は大言壮語というものでしょう。確かに Castor で感じたネガティブな部分の多くで改善が見られます。高音のシャリ付きや中音の歪みは大きく改善しています。しかし、中音におけるダイナミックレンジや、エアや響きの再現性、1~2kHzの倍音、欠如したサブベースと窮屈なミッドベース、解像度不足によるディティールの甘さなど、問題点は随所に感じられます。
高音
やや主張が強めですが、中高音のスイッチ(3,4)が全てOFFであれば強い粗は感じないでしょうし、悪くはないという評価に収まると思います。
中音
Castor のような窮屈さはありませんが、抜けが良いというものでもありません。基本的に空間表現が平面的なため音が横方向にしか広がらず、音の分離も及第点と言ったところです。
中音自体の音色は自然で歪みの少ない印象を受けますが、低音が中音を押し上げるような影響を及ぼしているため少し硬いと感じるかもしれません。そもそも中音全体が強く凹んでいるため、そもそも中音の音色や表現を楽しむタイプのイヤホンではありません。
ボーカル
男性ボーカルは概ね良好です。もう少し前に出てくると嬉しいのですが、スイッチを操作しても改善することはできませんでした。
女性ボーカルは粗が目立ちます。1~2kHzの倍音が伸びないためバラード曲などで物足りなさを感じます。
低音
サブベースが欠けており、ミッドベースは妙に窮屈な印象が目立ちます。どうやらサブベースを下げることでミッドベースのキレを確保しているようでして、それを抜きにして考えると低音の質は難があるようです。
空間表現が貧弱なため分離が悪くなり、その影響を受けてミッドベースと中音が混ざることで窮屈さに拍車をかけています。
LANYARD LOOP - ALLAN HOLDSWORTH (Spotity, 96kHz/24bit のハイレゾ音源)
ドラムのアタック感や熱の入ったギターサウンド、そして会場でのリアルタイムミキシングだからこそ入るライブの熱感が素晴らしいサウンドを生み出しているのですが、Vader Balanced version はアタック感が欠けていることに加えてエアの再現度も低いため、熱が削ぎ落とされたようなサウンドになってしまいます。
Castor のようなスカスカな音ではありませんし、しっかりとした音像は感じられるのですが、どこか物足りない躍動感のないサウンドになってしまいます。
白線 - 葛城リーリヤ (44.1kHz/16bit のロスレス音源)
オーディオの評価として現代のポップスサウンドを使用することは重要なことです。オーディオ的に良い音というものはジャンルを問わず不足なく鳴らせることが大前提であり、その中でもポップスをしっかりと鳴らせるというのは一番大事なことです。
リーリヤの白線はストレートなアニソンサウンドなので鳴らすこと自体は難しくないのですが不足なく鳴らすとなると意外と難しい楽曲です。音数が多いことに加えて音源のダイナミックレンジが狭いため、バランスの良い周波数応答と高いダイナミックレンジ、そして確かな音の分離を要求します。
Vader はダイナミックレンジが狭いためにアタックが平面的になりやすいという欠点があります。音の高さも不足しており、躍動感とは真逆のようなサウンドです。音の分離は悪くありませんが、平均的であり特筆すべきものではありません。
Widor: Organ Symphony No. 6 in G Minor, Op. 42, No. 2: Organ Symphony No. 6 in G Minor, Op. 42, No. 2: I. Allegro - Jan Kraybill (176.4kHz/24bitのハイレゾ音源)
パイプオルガンは再生機器の粗がわかりやすい楽器です。
Vader は音色に歪みが少ないのですが、サブベースの欠如していたり、音の隙間が開きすぎていたりと、音の再現性という部分では今ひとつという印象です。
ドライバーが増えたことで Castor のようなスカスカな音ではありませんが、やはりダイナミックレンジの狭さ、平坦な空間、高さのない音、エアが表現されていないなど、総合的に見ると価格に対して疑問が残ります。
Just A Little Lovin' - Shelby Lynne (44.1kHz/16bit ロスレス音源)
ドラムスのシンバルやスネアはよく鳴らせていますが、リムショットの解像度が全く足りておらず、音の残響が染み込んでいくような深い空間も感じられません。
シンバルやスネアも2000円を下回る TKZK TK01 のほうが良い音を鳴らします。女性ボーカルも言わずもがな。Vader のボーカルは倍音が荒れているため歪みを多く感じます。
Slow Orbit - Yaya3 (44.1kHz/16bit CD音源)
Slow Orbit に入っているハモンドオルガンのベースライン、冒頭から入る3連ノーツは特に鳴らすのが難しい低音です。ハモンドオルガン特有の厚みのある音は、量感だけでなく絶妙なキレが必要です。
Vader の低音はミッドベースに偏っているため、3連ノーツの3音目が非常に弱く聞こえます。完全に聞こえていないわけではありませんが、滲むように広がりすぎていたり、厚みが足りていなかったり、ハウジングの共振が起こっているのか歪みを感じることもあります。
ただ、Castor のようなスカスカで良さを全く感じられないようなものではありません。ポップスやロックでは大きな問題にはならないでしょう。
Heart of Fire - Innerpartysystem (44.1kHz/16bit CD音源)
唸るようなベースラインと厚みのあるサウンドで圧倒するエレクトロニック・ロックは、Vader が得意とするジャンルかもしれません。Innerpartysystem の Heart of Fire は音質評価プレイリストに入っている楽曲の中で、Vader と相性が良かった楽曲の1つです。
To the Hellfire ‑ Lorna Shore (Spotify)
Vader は音数が多い楽曲に適しているような U-Shape の周波数応答を持っています。 To the Hellfire は先に紹介した Heart of Fire と同じく Vader との相性が良い楽曲の1つです。個々の音の良さよりも、ノリとスピード感が重視されるようなジャンルとの相性は良いと感じました。ただ、ダイナミックレンジの狭さや平面的で窮屈な空間表現はノリの良さに対してもネガティブな要素となります。同価格帯には音とノリを両立した製品もあるため、やはり Vader の音質評価は厳しくならざるを得ません。
スイッチによる変化
ここまでは基本的に全てのスイッチをOFFにした状態(0000)を基準としてレビューを行いましたが、スイッチを切り替えることでどのような変化があったのかを書き記しておこうと思います。
スイッチ 1111
全てのスイッチをONにした状態(1111)です。この状態、というよりも3, 4番スイッチのどちらかをONにした状態では再生機器側のボリュームを操作して適正な音量へ調整する必要があります。これは中高音が増加することが関係しています。人間の聴覚は僅かな音量差でも音質の差として認識してしまうようになっており、音量を適切に管理することが大事です。
もし、ボリュームを調整せずに 0000 と同じ音量で聞いた場合、音量が大きく変化することで音質が良くなった(ダイナミックレンジ、解像度、音像、ボーカルなど)と判断してしまう可能性があります。ボリュームの調整は100や120のステップを持つDAPなどでは3~4ほど、スマホなど16のステップを持つ機器では1つほどで十分でしょう。実際にはミッドベース域(60~250Hz)付近を除いた周波数帯域において2dBの差が生まれているだけであり、ダイナミックレンジや音像には変化はありません。
周波数応答としては中高音寄りの U-shape と言ったところでしょう。低音の量感の増加よりも中高音の増加のほうが強いことが影響しているようです。
1111 では低音全体の量感を少ないと感じるかもしれません。人間の聴覚は音量の差で強弱を感じ取る性質があるため、中高音の音量が上がったことによって低音全体の感度が下がってしまったのでしょう。これは、Vader のスイッチ効果が低音(1,2)よりも中高音(3,4)で強い効果が出るように設定されていることからも考えられることです。
中高音が 2dB 増加することで様々な楽器や女性ボーカルのサウンドに影響が出ています。中音が凹まなくなったことでボーカルが聞き取りやすくなりましたが、逆にザラザラした質感など、音の質感に粗を感じるようになりました。
スイッチ 1000
1番のスイッチのみをONにした設定はサブベースを 1dB 増加させます。この程度であれば音量の調整は必要ありません(特に低音は音量の大きさの感じ方に大きな影響を与えません)
Vader の低音はポップスやロックなどで十分な音質を持っていましたが、サブベースが足りていないことが大きな欠点の1つでした。1番のスイッチをONにすることでサブベースを 1dB 増加させ、ミッドベースとサブベースのバランスに改善を見出すことができます。
この設定は強い低音を求めているわけでなくとも嬉しい変化があると思いますが、ミッドベースの窮屈さや平面的な空間表現はそのままであり、サウンド全体を根本的に解決することはできません。
スイッチ 1100
1番と2番のスイッチをONにすることでサブベースを 2dB 増加することができます。この設定でも音量の調整は必要ありません。
この設定は主張の強い中高音の裏に隠れない低音を得ることができます。ただ、そもそものドライバー性能として低音のキレが足りていなかったものをサブベースを下げることでキレを生み出していたため、低音が強く滲むように感じることがあります。低音の質も求めたいのなら1番のスイッチのみをONにすることをおすすめします。
スイッチ 0010
3番のスイッチのみをONにした状態です。中高音を増加させる効果がありますが、中音の増幅効果は小さく、5kHz 以上の高音域で効果が大きくなります。
特にピアノ・ソロなどを良く聞くのであれば違いに気づきやすいと思います。音量が上がることで音像がはっきりとし、音が近くなるように感じますが、単純に音量が上がっただけだと考えると強い変化とも言えないこの設定は使いにくいかもしれません。また、スイッチをONにしたところでエアの再現性やダイナミックレンジが良くなるわけでもないため、個人的には3,4番のスイッチは特に意味がないような気がします。
スイッチ 0011
3番と4番のスイッチをONにすることで、300Hzから10kHzまでの広範囲で 2dB の増幅効果を得ることができます。
よりはっきりと高音が強くなり、中音についてもボーカルを近く感じるようになるくらいは変化を感じられます。特に女性ボーカルを主体として聞きたいのであれば3,4のスイッチをONにする意味はあるかもしれませんが、女性ボーカルの倍音よりも上となる 2kHz 以上の高音域において増幅効果が大きくなるため、女性ボーカルに特化したようなサウンドにはなりません。また、ボーカルの質感そのものの粗も強く感じるようになるため、少々使いづらい設定でもあります。
私個人のおすすめ設定 1010
私個人の好みを加味しておすすめするのであれば 1010 になるでしょう。1番と3番のスイッチをONにしたこの設定は、良い点を僅かに増やし、良くない点を僅かに減らします。完璧には程遠い音ではありますが、まだなんとか聞けるレベルに近づきます。極一部のポップスやロックを楽しく聞けるようにはなるかと思います。
ただ、スイッチによる周波数応答の変化機構自体が設定範囲が非常に狭いイコライザーの域を出ることができないため、ネガティブな要素を減らすことは期待できません。チューニングスイッチとは所詮は付け焼き刃に過ぎず、音質のチューニングと呼べるような代物ではありません。スイッチを触ってあれやこれやと試す暇があるのなら、もっと良い音の出るイヤホンを探すために店頭での試聴に時間を使うほうが有意義でしょう。
総評「Castor から改善はしたが、良い音には程遠い音質」
「買う価値なし」「検討の余地あり」「購入候補に入る」「即買い」の4段階で評価します。
私の結論は 検討の余地あり となります。
良いところと良くないところ
良いところ
- U-Shape でバランスが良いと言える周波数応答
- Castor で良くないと感じた部分が改善されている
- ノリの良さで聞くなら良いかもしれない
良くないところ
- ネガティブな要素が多すぎる
- 狭いダイナミックレンジ
- 平面的で窮屈な空間表現
- 再現されていないエア
- 粗のある女性ボーカル
- 解像度不足によるディティールの甘さ
- 局所最適解による付け焼き刃にしかならないスイッチ
良くない要素が多すぎる
KZ Vader Balanced version は Castor の上位機種という位置づけとしては理解も納得もできる音質です。Castor で良くないとネガティブに感じた部分が改善されており、聞くに耐えないと感じた Castor に対し、Vader は音楽を聞こうという気にはさせてくれます。
しかし、実際に Vader で音楽を聞いていくと、数少ない良いところを、多数の良くないところが上書きしていくような印象を受けます。Vader のサウンドは Castor で良くないと感じた部分に改善が見られることは間違いありません。しかし、あまりにも良くない要素が多すぎるため、良いところを活かすことが全くできていません。
安価な価格帯のイヤホンではチューニングにかけられるコストが少ないため、特定のジャンルや特定の要素に絞ってチューニングを行い、良くないところを残しながらも良いところを強化することで個性で勝負するという製品が多く見られます。例えば、女性ボーカルの伸びを美しく表現した TANGZU Wan'er S.G や、空間表現に優れた TKZK Ouranos などがあります。もし、Vader の良くないところと挙げた要素のうち、1つでも適切なチューニングによって解消されていれば、もしくは全体を通して少しでもレベルの高いチューニングが行われていれば、Vader の評価は大きく変わったかもしれません。
楽しく聞けると言えるのはほんの一部
私が行っているレビューでは200以上の楽曲を使用しています。製品の音質を隅から隅まで聞き分けるためには必要なことです。
その中で、Vader Balanced version で楽しく聞くことができると言える楽曲は数曲しかありませんでした。特に女性ボーカルのバラード曲、クラシック、ジャズは全滅しました。楽しく聞くことができたのはロック、打ち込み系のポップス、メタルでしたが、それらのジャンルでも極一部の楽曲に留まりました。やはりダイナミックレンジの狭さと平面的で窮屈な空間表現が足を引っ張っています。
とは言え、人間の耳というものは慣れてしまうものです。レビューのために長時間使用していると、いつの間にか Vader も悪くないかもと思ってしまう瞬間があります。幸か不幸か、私の手元には Vader よりも優れたイヤホンが多数ありますから、すぐに現実へ戻ってくることが可能です。もし、イヤホンを1つしか買う予算がないというのであれば Vader には検討の余地があります。しかし、既にイヤホンをいくつも所有しているのであれば Vader を候補に入れることは難しいでしょう。
KZ の考えるチューニングとは?
公式サイトに掲載されている Vader Balanced version の周波数応答グラフには、次のような文言が添えられています。
The Level of Sound Quality Beyond What Traditional Single Dynamic Driver Earphones Can Offer
訳:従来のシングルダイナミックドライバーイヤホンの域を超えた音質レベル
Vader Balanced version が同価格帯のシングルダイナミックドライバーイヤホンよりも音質面で優れていると言える部分はありません。躍動感は乏しく、荘厳さを描写するような表現力は無く、ボーカルは粗だらけです。Castor よりは優れていると言えますが、同価格帯の1DDイヤホンを超えた音質とは思えません。あくまでも価格相応、もしくは僅かに届かない程度の音質であり、他のメーカーに対して失礼極まりないと感じました。
この価格帯は多くの製品があり、1万円以上の価格帯をメインで作っているメーカーの製品もあります。そうした製品の中にはレベルの高い音質を持ったものも多く、その中で戦うことを考えると Vader という製品は役不足です。KZ は Chi-Fi IEMという市場を開いたと言っても過言ではないメーカーですが、肝心のオーディオに関する知見や技術は停滞している印象を受けました。さらなる発展を望むのであれば、良い音とは何かということと KZ が個性としたいサウンドの両立を追求する必要があります。しかし、周波数応答を変えることをチューニングと呼び、不要な抵抗と接点を増やす機構でお茶を濁し、アフィリエイターや驚き屋によるバズらせで宣伝し、値引きを繰り返すことで数を売るようなことを続けているうちは、良いオーディオ、良いサウンドというものに近づくことすらできないでしょう。
他に検討すべきイヤホン
Vader の購入を検討するのなら、他の製品の購入を先に考えるべきです。Vader と同じか、少し安い、または少し高い価格帯には優秀な製品が多数あります。例えば、以下のような製品が挙げられます。
TANGZU Wan'er S.G
女性ボーカルの倍音表現が優れています。低音の量感が少し物足りないところはありますが、優れた個性を持ちながらネガティブな要素が少ないイヤホンです。
Whizzer Kylin HE01
中高音よりの U-Shape の周波数応答を持っていますが、ダイナミックレンジ、空間表現、解像度において Vader を圧倒します。約2000~3000円の差額を考慮しても候補リストに入れるべきイヤホンです。
Whizzer Kylin HE01B
よりバランスに優れた U-Shape を探しているなら HE01B がおすすめです。HE01 と同様に優れた音質を持ちながら、確かな量感を持った良質な低音を楽しむことができます。
TKZK TK01
2000円を切る価格ながら、低音強めな U-Shape で楽しませるイヤホンです。価格相応に粗を感じることは否めませんが、Vader Balanced Version に5000円を払うのであれば TK01 に2000円を払うほうが良いと言えます。差額の3000円をリケーブルに費やしても良いでしょう。