おはこんばんちは、あぶさんです。
今回は当ブログでは珍しいヘッドホンのレビューです。前回のヘッドホンレビューはBluetoothと有線の両方に対応したAustrian AudioのHi-X25BTでした。今回は同ブランドから開放型のリファレンス系モニターヘッドホン「Hi-X65」をレビューします。
※2024-12-12 追記:空間表現についての記述を改訂しました
外観・特徴
Austrian Audioはオーストリアのウィーンを拠点とするプロ向けのヘッドホンやマイクなどのメーカーです。元AKGのスタッフが多く在籍しており、新しいことへの挑戦と、受け継いだ伝統を尊重したものづくりを目指しています。
ヘッドホンらしい大きなパッケージはマジックテープのストラップで閉じられており、このストラップはケーブルをまとめるためのケーブルストラップとしても使用できます。
本体は金属パーツが多用されており、派手な印象はないものの高級感があります。持ち運びを想定しているためか全体的に小ぶりなサイズ感です。カップも小さいため開口部も小さく、開放型のリスニングヘッドホンと比べると開放感がやや小さい印象です。
イヤーパッドはスローリテンション・メモリー・フォーム・パッドが採用され、十分な大きさと深さに優れたクッション性が加わることで極めて良好な装着感を得られます。長時間の使用でも痛くなることはありません。
折り畳みと回転機構が備わっているのは持ち運びを意識してのことでしょう。個人的には1万円以上のヘッドホンには折り畳める機構を義務付けてほしいと思うほどに便利です。
ケーブルは1.2mと3mで両方とも3.5mm端子で、ヘッドホン側にはロック機構が備わっています。6.3mmの変換アダプターが1つ付属し、ネジによるアダプターの脱落防止機構が備わっています。
Hi-Xシリーズはモニターヘッドホンのシリーズです。Hi-X65はHi-X60と並んでHi-Xシリーズの最上位に位置づけられています。過去にはフラッグシップとされていましたが、さらに上位となるThe Composerが出たためフラッグシップではなくリファレンスを名乗っています。Hi-Xシリーズは全て44mmのHi-Xドライバーが採用されていますが、音質傾向にはターゲットとする使用環境や用途によって大きな違いがあります。
私が所有しているのはHi-X65のみですが、試聴会や店頭などで全てのHi-Xシリーズを試聴させていただいたことがあります。Hi-X55はあえて低音を大幅にカットすることで上モノに焦点を当てています。Hi-X50は唯一のオンイヤータイプで、リファレンスサウンドに特化したバランスの良いまとまり感のあるサウンドが魅力です。その他にはコンシューマーモデルとしてHi-X25BTとHi-X15があり、モニターらしいバランスを持ちながら趣味の音楽鑑賞向けのサウンドにチューニングされています。
Hi-X65とHi-X60の違いは開放型か密閉型の部分のみで、好みや使用環境によって選択肢の幅があるのは良いことでしょう。カタログスペックはインピーダンスが25Ωに感度が110dBとイヤホン並みに鳴らしやすくなっています。一部の機材では32Ω未満には対応しないなんてこともありますが、基本的には環境を選ばずに使用できる扱いやすさがあります。
Hi-X65は正規代理店の株式会社ジェネレックジャパンが運営するMUSIC EcoSystemsの他、様々なオンラインショップや実店舗で購入可能です。
2024年4月30日時点では日本上陸5周年記念プロモーションが行われており、今のところ9月20日までキャンペーンを継続することが発表されています。Hi-X65の定価は日本円で63,800円ですが、キャンペーン期間中は55,000円で購入可能です。EUでの希望小売価格は€329.95(=約55,500円)のため国内正規代理店での購入でも十分お得な価格となっています。
音質の評価条件について
クリックで展開
エージング(慣らし)について
100時間以上のエージングを終わらせた状態の個体に付属品のケーブルを組み合わせています。
エージングには手持ちのFLAC音源とSpotifyで作成した音質評価用プレイリストを使用しています。
評価に使用する音源について
音質評価に使用する音源は、手持ちのCDから取り込んだFLAC音源とSpotifyで作成した音質評価用プレイリストです。Spotifyのプレイリストは公開していますので店頭での試聴の際などでも使用できます。
音質評価用プレイリスト内の楽曲については以下の記事で解説しています。
abusan3225.jp
評価に使用する再生機器について
Austrian Audio Hi-X65のレビューにおいて以下の再生機器と設定値の組み合わせで使用しました。
機種名(※1) | ゲイン | 音量(※2) | フィルター | 備考 |
---|---|---|---|---|
FiiO M11 Plus LTD(M11PL) | Low | 70 | Low Dispersion Delay Filter | |
HiBy R6 Pro Ⅱ(R6P2) | Low | 43 | Low Dispersion Delay Filter | ABアンプ |
HiBy FC6(FC6) | --- | 10(※3) | Darwin Ultra | NOSモード HDRオフ |
EarFun UA100(UA100) | Low | 30(※4) | Brick wall filter |
※1. 括弧内は記事中で使用する略称です。
※2. 音量の設定値はSpotifyにて音量の均一化を有効化し、音量レベルを低音量にした状態で、私が普段の音楽鑑賞で使用する音量設定に合わせた場合の値です。
※3. FC6の音量はmotorola moto g52j 5GにDDHiFi TC09Sを用いて接続し、スマホ側の音量設定を100%に設定した状態において、上記の条件と同等となるように本体で設定した値です。
※4. UA100の音量はmotorola g52j 5GにDDHiFi TC09Sを用いて接続し、スマホ側の音量設定を100%に設定した状態において、上記の条件と同等となるようにEddict Playerで設定した値です。
客観的な評価をするように努めていますが、あくまでも私個人の経験を共有するものです。聴覚には個人差や好みによる違いがありますので、購入の際には可能な限り実際に試聴されることをおすすめします。
音質
モニターヘッドホンには用途別で2種類に分けることができます。全体を俯瞰して見ることでミックスやマスタリングなどに使用するリファレンス系と、一つ一つの音にフォーカスして音を確かめる目的で使用するチェック系の2つです。
Hi-X65は概ねフラットだと感じるバランスの良い周波数特性や、自然で癖のない音色、非常に高いディティールの描写力など、チェック系モニターらしい特徴を多く持っています。個々の音を正確に鳴らし、音に対する判断を鈍らせないためのヘッドホンです。
非常に癖の強い空間表現
Hi-X65が持つ最大の特徴は、その空間表現にあります。
一般的なリスニングヘッドホンでは左右を基本として奥行きや高さがプラスされ、音源が上流の機器によって大きく変化することも珍しくありません。しかし、Hi-X65はどのような音源であっても左右と中央がはっきりと分離されるような空間表現がなされます。
2chステレオミックスの楽曲制作ではM/S処理という手法が存在します。MはMid(中央)、SはSide(端)のことです。通常、2chステレオはL(左)とR(右)で音声信号が分離されていますが、人間の聴覚は左右のどちらでも均等に鳴っている音は中央にあると感じられ、左右どちらかに偏った音は端にあると感じます。この特性を利用し、LRの2chトラックをMid寄りの信号とSide寄りの信号に分け、個別に処理を行うことをM/S処理と呼びます。
Hi-X65の空間表現は中央やや前方にMid寄りの音が集められ、左右にはSide寄りの音が集まり、リスナーを中心として前と左右に音が展開されます。これはどのような音源であっても変わりませんから、Hi-X65のサウンドとして意図したチューニングが行われたのでしょう。
特徴的なM/Sの空間表現によって非常に高い明瞭度を持つことになり、音数が多くごちゃっとした楽曲であっても個々の音を楽々と聞き分けることができます。LとRの2点で表現するのではなく、Left・Center・Rightの3点で表現するため、空間上の音の位置や方向を把握することも難しくありません。3点が持つ音の強弱も一貫しているため定位の偏りもありません。
リスニング用としては癖のあるサウンド
リスニング用途としても使用することができるヘッドホンではありますが、前述の通り非常に癖の強いサウンドを鳴らします。空間表現以外では自然な範囲を逸脱してはいないため音楽を破綻させるようなサウンドではありませんが、あくまでもミックスやマスタリングなどの業務用途を想定したものです。趣味の音楽鑑賞で用いるのなら様々なヘッドホンを試してみてください。その後でもこの音が良いと言えるのなら購入しても良いかと思います(と言いながらリスニング用途でのレビューをしているわけですが)
To the Hellfire ‑ by Lorna Shore open.spotify.com いわゆる海苔波形な音源です。圧の強い音をとにかくぶち込みまくっています。
Hi-X65の高い解像度はこのような楽曲であっても一つ一つの音を明確に聞き分けることができ、全体を見渡して俯瞰することを容易にします。Timeless - The Don Friedman VIP Trio (アルバム)
このアルバムはCDもしくはSACDハイブリッド仕様しかなく、Spotifyなどのストリーミングサービスやダウンロード配信サービスには一切ありません。
現代の楽曲制作ではコンプレッサーを一切使用しないなんてことは無いでしょう。音圧戦争なんてものは窓から放り投げるべきですが、ボーカルにかけるのは言わずもがな、ローレベルをすくい上げて聞こえやすくする、リズムを聞き取りやすくするなど、現代音楽においては多かれ少なかれ適度な範囲でコンプレッサーを使用することは必須と言っても良いかと思います。
Timelessはコンプレッサーがほとんど使われておらず、生演奏の真っ直ぐな音を聞くことができます。ピアノ、ドラム、ベースのトリオで構成されており、正確に鳴らすには様々な要素が優れていなければいけません。解像度、定位、音場、ダイナミックレンジ、レスポンス、高音から低音までの質など、ありとあらゆる要素を試します。
Hi-X65のサウンドはTimelessとの相性もばっちりです。どこを見ても不自然さのないストレートな音を鳴らします。特に注目したいのはベース。コンプのかかっていないベースは解像度と低音の質を高いレベルで要求します。膨らみすぎるとベースの実在感が無くなってしまいますし、痩せていては聞こえません。
高音
Hi-X65の高音は高い解像度によって見通しの良さがあり、極めて自然でクリーンな雑味のない音を鳴らします。
一般的なリスニング用ヘッドホンでは不快な刺激を抑えるために高音を抑える傾向があります。Hi-X65はフラットなバランスを実現するためにハーマンターゲットカーブに沿うような形で高音が減衰しますが、高音を抑えているという印象は感じられません。
- ヴァイオリン・ミューズ(バッハ:シャコンヌより) ‑ by 川井郁子 open.spotify.com ヴァイオリンの音色は基音と倍音のバランスに左右されるため、高音の表現力が乏しいと実在感が損なわれます。Hi-X65は精細で正確な描写力によって倍音が自然に再現され、ヴァイオリンの音色に確かな実在感を与えています。
中音
中音は少しピークを感じさせますが、自然で癖のない音色です。抑えられていない高音に引っ張られることでハイ上がりになるようなことは一切無く、淡々と正確に整理された音を鳴らします。
誇張された音ではないものの、優れた描写力によって質の高い中音を提供します。どこにフォーカスしても粗を感じることはありません。
- モダン・ジュズのテーマ ‑ by ポンタ・ボックス
open.spotify.com
個々の音の質にフォーカスするという特性はジャズとの相性が非常に良く、高い演奏技術による素晴らしいサウンドを堪能できます。
特に中音は基本の音が集まる重要な部分です。中音の質が高いHi-X65で聞くジャズは格別だと思います。
ボーカル
女性ボーカルの荘厳なバラードが染み入るようなサウンドを期待してはいけませんが、安いヘッドホンのような描写力の不足を感じることもありません。
喉の奥を捉えた素晴らしいボーカルを正確に再現することができますが、それはあくまでも正確な描写であることに注意が必要です。
- Danny Boy ‑ by Jacintha
open.spotify.com
ジャシンタの美しいボーカルによるアカペラから始まります。録音がとても素晴らしく、喉の奥を捉えたボーカルというものはこういうことを言うのかと初めて聞いたときに思いました。
Hi-X65の描写力によって細かいところまで正確に聞き取ることができます。Hi-X65よりもボーカルを聴かせることに優れたヘッドホンはいくらでもありますが、精細で正確な描写という意味ではHi-X65の性能は非常に優れています。
低音
低音はミッドベースからサブベースまで良好なバランスで鳴らしますが、30Hz以下の減衰が強いため深く沈み込むような低音で量感不足が目立つことがあります。
引き締まったキレのある音を鳴らし、高音や中音と同様にディティールの描写力も優れているためベースの弦を弾く質感も容易に再現されます。
- Every Hour ‑ by Spencer Groves, ショーン・キングストン, リック・ロス
open.spotify.com
低音が十分な重さを持って弾むように鳴るかどうかのチェックに使用しています。
Hi-X65はボーカルや上モノに被ること無く「ボゥン」と弾む低音を鳴らします。低音が好きな人からすると物足りなさを感じるかもしれませんが、ブーストされていない低音でありながら確かな存在感があります。
総評「オールラウンダーなリファレンス系モニターヘッドホン」
良い点
- 高い解像度
- 精細な描写力
- Left・Center・Rightの3点に分離する空間表現
- 正確で自然な脚色のないサウンド
- バランスの良い周波数特性
- 良好な装着感
良くない点
- あくまでもプロ向けのヘッドホン
Hi-X65は過去にフラッグシップモデルと位置づけられていたこともあり、その音質はリファレンス系モニターとして高いレベルを実現しています。
リスニング用ヘッドホンとは違い、音楽を楽しませることよりも正確な音を淡々と鳴らすことを目的としているため、リスニング用としての使用では人を選ぶ音質だと思います。
ゲーミング適性が非常に高い
実は私がHi-X65を購入したのは2023年の07月です。1年近く使用してきたのですが、趣味の音楽鑑賞よりも多用している用途があります。それはFPSなどの音を重視するようなゲームです。
FPSのマルチプレイでは、銃声や爆発音などの様々な音が鳴り響く中で敵プレイヤーよりも優位に立つために、音を頼りに周囲の状況を把握することが重要とされています。Hi-X65が持つ「高い解像度」「精細な描写力」「奥行きや高さが見えやすい空間表現」などの特徴により、多くの音の中から目的の音にフォーカスしやすく、方向や距離を正確に測ることができます。
あまりこういう表現は使いたくないのですが、Hi-X65はFPSにおいてトップクラスの環境を用意できるヘッドホンだと思います。正直なところゲーミングヘッドセットを使用していた頃とはレベルが違いすぎて比べ物になりません。
定価で6万円を超えるヘッドホンをゲームのためだけに使用するのはコストパフォーマンスの観点ではどうかなと思わなくもありませんが、予算が許すのであれば音楽鑑賞 + ゲームという使い方でHi-X65の購入を考えても良いかと思います。